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師走 [巷の雑感・時の想い]

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「ちょっと冬が来るのが早くないかい?」

そうでもないさ、もう師走

「秋を楽しむ余裕が無かったじゃないか」

夏の奴がちょっと頑張りすぎたからな

「時計の針は皆に平等に進むのに?」

それは人間が勝手に決めた尺度だろう

「季節の長短は気まぐれということかい?」

そうさ、これまでも、これからも

「それでも四季は移り変わっていくのだろう?」

そうさ、これまでも、これからも

「空を見上げ、周りを見渡し、それに気付けと?」

他の動物や植物たちは、もう準備している

「同じ大地の上で、同じ空の下に居るのに、人間だけ?」

そう、人間だけが勝手な基準で動いているだけ

「君の気まぐれに合わせろと言うのか?」

そう、この地の上で、この空の下に居る限りは

「力弱いものなんだな、人間は」

そうさ、これまでも、これからも、だから・・・

「だから、何?」

だから、急げ、奴が来る前に


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巡り行く夏 [巷の雑感・時の想い]

巡り行く夏.jpg


あれほど夏を謳歌していた蝉たち
その声が届かなくなったのは
いったい いつからだろう
巡る季節が彼らから
主役の座を奪ったに違いない
いや 私達よりずっと
移ろい行く季節に敏だから
身を処す機を誤らないからだろう

空を見上げ 汗をぬぐう私たち
肌を焼く陽が落ちるのが
早くなったのは いつからだろう
たとえ巡る季節を感じても
それでもこの地に佇み続ける
移ろい行く季節に耐えてでも
生き行くことは美辞なのか
それとも求める欲ゆえか

春夏秋冬 季節は巡る
巡る季節の中で 今少し
此の地に留まり処する我の身に
許しを乞いたいと 今は思ふ



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酷暑 [巷の雑感・時の想い]

酷暑.jpg

全国的に厳しい暑さが続いてます。連日、新聞紙上でも熱中症で倒れたり、最悪死亡に至った話題が載っています。もうこの暑さは、一日だけならまだしも、こう連日続けば「殺人的」と言って良いのではないでしょうか。熱中症と聞くと、「こまめな水分補給を」という声をよく耳にします。では、こまめな水分補給をすれば熱中症にならないのか、と言えば、決してそんなことはありません。熱中症になった私は、半日で1.5リットルのスポーツ飲料をこまめに飲んでいましたが、それでも熱中症になりました。水分補給は最低限の対策であって、それだけでは十分ではない所まで来ていると思うのです。
最高気温が体温を超えた所が増えています。この最高気温というのは、土の地面で日陰で風通しの良いところで、地面から1.5mの所に設置された温度計で測定されたものです。厳しい日差しが照り付ける学校のグランドや街中のアスファルト路面上では、もっと高温になっているのは誰でも容易に分かると思います。それ故に、「屋外での作業は控え、涼しい屋内へ」と気象庁や環境省、厚生労働省などのお役所は呼びかけています。それでも、小中学校の部活動は行われ、屋内に入ったとて、主に市立・県立の学校教室のエアコン設置率は、あまり上がっていないのが現状です(我が県では約40%とか)。日本は昔のような温暖な国ではなく、朝晩ですら涼しくはなく、エアコンは命を維持する必需品になってしまいました。
この酷暑の日々で、屋内のエアコンの効いた部屋だけで働いている人はどのくらいの割合なのでしょう。屋外で大量の汗を振り撒いて働いている方々もいます(私もその一人です)。そんな、熱中症と常に隣り合わせで働いている人たちがいるからこそ、まだこの国は普通に過ごしていけるのだと思います。これも、日本人的勤勉さの表れなのでしょうか。その勤勉さが、戦後の復興を支え、高度経済成長期を誕生させ、バブル崩壊を生み、それでも先進国の仲間から外れず、今も地球規模の環境問題を世界に提唱できる国に住んでいるのが私達です。「島国根性」と言われるものを良い意味で利用して、連帯感や相互扶助をもって、この厳しい環境に対する必要があるように思えます。
甲子園を目指す高校球児たちの戦いが、連日各地で行われています。来月には高校総体も行われますが、高校総体はサッカーだけでなく、多くのスポーツ競技の全国大会の総称です。その出場権を手にした選手達は、きっとどんな環境でも全力を振り絞ることでしょう。でも、そんな過酷な暑さの中で頑張ることを美徳とし、褒め称えるだけで良いのでしょうか。高校生だけではありません。明日から夏休みに入る小学生や中学生が多いと思います。死に至る危険性のある酷暑であることを、周りの教師や指導者、親、そして公の立場の人などの大人が理解し、元気に二学期の始業式を迎えられるようにして欲しいものです。その始業式の日も、きっとまだ酷暑だと思うからです。

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新幹線 [巷の雑感・時の想い]

前回「PASMO」を手に入れたことを書きましたが、(大方の予想通り)それは前フリです。久しぶりに新幹線に乗りました。

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さて新幹線の乗ったのは何年ぶりのことだろう、なんて考えてみると、あるフォトコンテストの表彰式に招かれた時以来ですから、ちょうど10年ぶりです。勿論その間も東京に何回も行っていたのですが、全て自家用車でした。その新幹線、PASMOと「スマートEX」なるものを組み合わせて使えば、紙のチケットなど手にしなくても予約・乗車できるのですね。「進化したものだ」なんて言うと、時代に取り残され感が出てしまうので、止めておきます。
そうして座席に座ってみれば(もちろん普通席)、三人掛けと二人掛けの座席は昔と変わりませんが、前席との間隔が広くなったような。これなら普通に足を組めて、快適度が(私の昔のイメージから)断然アップしているではありませんか(いつからそうなのかは分かりませんが)。しかも私の古い知識では、名古屋⇔東京は2時間程かかるはずが、今は1時間半程で着いてしまうではありませんか。これで価格アップしているなら高級化された、という事でしょうが、料金自体は私の昔の認識のまま。これはやっぱり進化でしょう(ああ、また言ってしまった)。でもきっと多くの方々からは、「何を今更」と言われてしまうでしょうね。
地方都市で生まれ育った私が東京に居を移したのは、大学に進学した時ですから、ちょうど40年前のことです。その時のことを、車内でつらつらと考えてしまいました。あの頃は、自分が田舎者であることを強烈に感じていた青年でした。大学が長期の休みに入ると、すぐにこの新幹線に乗って故郷に帰りました。その車中で、何度もため息をついたのを憶えています。慣れない都会住まいは、知らず知らず日々の日常生活にプレッシャーが掛かっていたのでしょう。そしてまた新幹線に乗って東京へ戻る車中で、自由の使い道に想いを馳せていた自身の姿も憶えています。戻った故郷が次第に自分の身には堅苦しく、小さくなっていたことを感じていたからでしょう。そんな私も一年も経てば都会生活者然となり、更に自分の車を手にしてしまうと、この新幹線とは縁遠くなってしまったのでした。
勿論その頃に、自分が父親となり、自らの子を送り出す立場になることなど、一片も脳裏に有りませんでした。がしかし、40年の時を経てこの新幹線の座席に座るのは、自らの血を分けた子に会うため。「PASMO」も「スマートEX」も初めて使う親など、彼らの眼からは、田舎の年老いた親に見えるのかもしれません。でも、それでも、ちっとも嫌じゃない。我が子の「進化」を見れるのですから。

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