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巷の雑感・時の想い ブログトップ
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ありがとうの日 2018 [巷の雑感・時の想い]

街に紫陽花の花が目につくようになりました。梅雨入りですね。

ありがとうの日2018.jpg


今年もこの日が来ました。2011年6月6日に我が家を襲った出来事は、このブログをご覧の方々には、もう説明無用でしょう。あれから丸7年が経ちました。
愚息2号は、今年の初めに成人式に出て、この4月から大学3年生になり、先月21歳の誕生日を迎えました。五体満足で。
今日、このブログの7年前の記事を読んでみました。そして、皆様から寄せられたコメントも再読しました。感謝の気持ちが蘇り、思わず涙が溢れていました。
あの日は厚い雲に覆われた日でした。今日は雨が降り続いています。その空に向かって手を合わせ、今年も言わせていただきます。
ありがとう、
そして、「ありがとう」と言えることに、ありがとう。

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底辺の応援者 [巷の雑感・時の想い]

底辺の応援者.jpg

現在、お隣の韓国で冬季オリンピックが開催されています。連日、日本人選手の活躍を中心に各種メディアから報道されてますから、見て・応援して・話題にしている方々が多いことでしょう。もちろん私もその一人で、14日のスピードスケートをLIVEで見たかったので、大至急帰宅したほどです。思わず身を乗り出すデッドヒートの末のメダル獲得。試合後の選手の表情を見て、拍手を送りたい気持ち一杯でした。しかし・・・
しかし、私にそんな資格が有るのでしょうか? スピードスケート女子1000mで小平奈緒選手が銀メダルを獲得しました。けれど私は、今年に入ってから「平昌オリンピックでメダル有望選手」という記事を読んで、初めて彼女の名前を知ったような者です。昨年まで全く関心も無く、彼女の名前も過去の記録も知らず、ただ日本人選手でメダル獲得が有望だから、という理由だけで応援していたのです。そんな「その時だけの応援者」で良いのかどうか、ただメディアに踊らされているだけではないのか、暫し考えてしまいました。
オリンピックは4年に1度しか開催されません。選手はそのオリンピックを目指し、毎日過酷なトレーニングを重ねてきたことでしょう。トレーニングだけではない。試合会場で日の丸を胸に戦うのです。そのプレッシャーは相当のものだと推測します。それらを全て克服した末のメダルです。メダルの色はともかく、選手はきっと感慨ひとしおでしょう。そしてその選手を支えてきた、監督・コーチ・トレーナーなどのスタッフも、幼い頃に指導したり一緒に競ったりした人達も、地元の友人や同級生、後輩・先輩も、そして家族も、懸命に応援し、支援し、そしてきっと感慨ひとしおでしょう。それに比べれば、一か月前に名前を知り、遠く離れた暖かな部屋でテレビを見ながら応援する私は、選手にとっては底辺の応援者なのかもしれません。
今でこそ一般紙もオリンピックの特集に紙面を大きく割いてますが、それが終われば、またスポーツ新聞の一面は、ほぼ毎日試合が行われるプロ野球に戻ってしまうことでしょう。こんな底辺の応援者はそうなると、メダル獲得の選手の名前も忘れてしまうかもしれません。それでも私は、たとえ今だけであっても、たとえ底辺であっても、傍観者ではなく応援者でいたいと思います。その是非は分かりませんが。

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寒椿 [巷の雑感・時の想い]

寒椿.jpg


春の訪れを謳歌するがごとく咲く花がある
夏の日差しをいっぱいに受けて咲く花がある
その夏に力を溜めたあかつきに咲く花がある
しかし
この厳しい寒さの中で艶やかに咲く花もある

歳の終りに感謝を込めて手を合わせる人がいる
歳の初めに願いを託して手を合わせる人がいる
久しぶりの家族の団らんを笑顔で楽しむ人がいる
しかし
そんな年の瀬も年初めも汗を流して働く人もいる

寒椿 何と孤高の存在よ
周りに媚びず流されず咲くその彩美な花は
自らの誇りの象徴なのか
それとも人知れぬ努力の結晶なのか

それが真の実力なのだと 告げられたように思ふ


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一円玉 [巷の雑感・時の想い]

一円玉.jpg

自宅から仕事場までは、さほど距離が有る訳ではないのですが、その途中にあるスーパーマーケットによく立ち寄る私です。先日も、飲み物でも買おうとレジに並んだ時に、レジ係の中年女性から声を掛けられました。
「待ってたのよ。この前来られた時に落とした一円玉、見つけておいたから」
そう言われて、一円玉を渡されました。そのレジ係の方とは、今まで客として以上の会話などしたことが無く、もちろん名前も知りません。世間話さえしたことがありません。よく行くので顔を知っている程度です。その方も同様、私のことなどほとんど知らないでしょう。そして前回来た時に、レジで支払う時に一円玉を落として、レジ台の下に入ったのか見つからずに、「一円ぐらいいいさ」と思って立ち去ったことなど、その時まですっかり忘れていました。
「次の日に来るかな、と思ってたんだけど、来なかったから」
その方は、事の仔細を書いたメモ用紙にその一円玉を張り付けて、引継ぎをしながら私が来るのを待っていたそうです。そんなことをすっかり忘れていた私が、やっと今日になって現れた、という訳です。さほど大型とは言えないスーパーマーケットとはいえ、一日に訪れる客はかなりの数でしょう。その中のたった一人に過ぎない私の落とした一円玉を、私が「たかが一円」と見捨てた一円玉を、その方はしっかり保管し、また来るであろう私を待っていてくれたのです。名前も素性も知らない私の為に。ちょっと感動してしまいました。それと同時に、一円をおろそかにした自分を恥じました。
「ありがとうね。ホント、ありがとう」
私はただ、その言葉しか出ませんでした。
クレジットカードやデビットカード等が普及した今では、こうした小銭をジャラジャラと持ち歩く方は、特に都会では少なくなりつつあるでしょう。そんなカードをかざして支払った方がスマートだし、レジ係の方も楽なのかもしれません。それでも一円玉は、最小単位とはいえ、現在の日本の貨幣に違いありません。その日私に渡された一円玉の、何と暖かだったことか。
街路樹の落ち葉が日増しに増える歩道を、その日ばかりは晴々とした気分で歩く私でした。

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