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「風に立つライオン」 [本・映画・アニメ・詩歌]

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「愛してる」とか、「悲しい」「辛い」といった感情を直接表す言葉を挿入する詩もあれば、状況を切々と説き、読む・聞く者にそのイメージを連想させて、作者のメッセージを伝える詩もあります。それは、小説を読むのと似た感覚かもしれません。今回、今年最後の記事として紹介させていただくのは、少し長いですが、そんな詩です。
1987年発表、さだまさし 「風に立つライオン」。

突然の手紙には驚いたけど嬉しかった
何より君が僕を怨んでいなかったということが
これから此処で過ごす僕の毎日の
大切な よりどころになります
ありがとう ありがとう

ナイロビで迎える三度目の四月が来て今更
千鳥ヶ渕で昔 君と見た夜桜が恋しくて
故郷ではなく東京の桜が恋しいということが
自分でもおかしい位です
おかしい位です

三年の間あちらこちらを廻り
その感動を君と分けたいと思ったことが沢山ありました
ビクトリア湖の朝焼け 100万羽のフラミンゴが
一斉に翔び発つ時 暗くなる空や
キリマンジャロの白い雪 草原の象のシルエット
何より僕の患者たちの 瞳の美しさ

この偉大な自然の中で病と向かい合えば
神様について ヒトについて 考えるものですね
やはり僕たちの国は残念だけれど何か
大切な処で道を間違えたようですね


この詩の主人公が、今はアフリカに居て、過去に時間を共有した人から手紙を受け取った状況が浮かびます。その彼は、「僕の患者たち」という言葉から、医療活動のためにその地に赴いたことも。それは彼にとって大切な人と遠く離れることを意味し、それを決めた彼は少しばかり、自分の身勝手さを感じているのかもしれません。それでも彼は、彼女と過ごした東京での日々を、大切な思い出として未だ持ち続けていること、「その感動を君と分けたい」と綴るように、彼女に対して未だ繋がる感情を持ち続けていることが感じられます。現在の彼は、異国の地であるここ(アフリカ)から日本を振り返ってみて、自らの選んだ道を後悔するのではなく、その大自然の中で身を置くことで、また別の視点を持ったことが窺い知れます。

去年のクリスマスは国境近くの村で過ごしました
こんな処にもサンタクロースはやって来ます
去年は僕でした
闇の中ではじける彼等の祈りと激しいリズム
南十字星 満天の星 そして天の川

診療所に集まる人々は病気だけれど
少なくとも心は僕より健康なのですよ
僕はやはり来てよかったと思っています
辛くないと言えば嘘になるけど
しあわせです

あなたや日本を捨てた訳ではなく
僕は現在(いま)を生きることに思い上がりたくないのです

空を切り裂いて落下する滝のように
僕はよどみない生命を生きたい
キリマンジャロの白い雪 それを支える紺碧の空
僕は風に向かって立つライオンでありたい


僻地、しかも「日本の」ではなく世界的な僻地での医療活動自体が、困難なことであり、それに携わる者が厳しい環境にあることは容易に想像ができます。そんな環境に身を投じても、「しあわせです」と言い切る彼はどうでしょう。前節で日本や、その故郷に残した彼女への想いが未だ残っているのを説きながらも、自らの選んだ道に対する迷いは無いように思えます。いや、本当は有るのかもしれません。有るのでしょう。だからこそ、「風に向かって立つライオンでありたい」と言います。
サバンナの荒野を吹き抜ける風は、熱風でしょうか、それとも砂交じりの風でしょうか。行ったことの無い私には分かりませんが、日本のそよ風のように心地よくはないでしょう。その風に向かって立つ。うつむいたり、顔を背けたくなるでしょう。いや、いっそ木陰に寝転んでしまったら楽でしょう。大きな自然の中のちっぽけな一人です。そうしたとて、誰もそれを批判したり恨んだり妬んだりはしないでしょう。けれど彼は、それを潔しとは思っていない。風に向かって立つライオンとは、凛として迷いが無い姿が浮かびます。

くれぐれも皆さんによろしく伝えて下さい
最后になりましたが あなたの幸福を
心から 遠くから いつも祈っています
おめでとう さよなら


この彼が受け取った手紙が、残してきた彼女の結婚報告の手紙であることが、ここで分かります。そこで、もう一度最初からこの詩を振り返ってみましょう。平たんとは正反対の道を選び、遠く祖国を離れアフリカの大自然の中に身を置く彼。失ったものは決して小さくはないでしょう。生き甲斐ややり甲斐を感じながらも、望郷の念が無いとはいえますまい。そんな彼に突然届いた手紙。それが後悔ではなく、今の自分を鮮明に照らすものであったこと、それを詩っています。
最後の言葉に、胸が詰まります。遠く離れようとも、僅かに心残りが有ったはずなのに、祝福の言葉と共に別離の言葉を添えなければならない彼の心情、察するにはあまりあることでしょう。それでも最後に「さよなら」と言う。そのひと言で締めくくる裏には、過去への想いとその決別、自らの選んだ道への決意が混在していることでしょう。彼はまだ、「風に向かって立つライオン」になってないかもしれない。でもそうでありたい、そうなる道を選んだのは間違いではない、との意志が、最後の一行に凝縮されているように思えてなりません。
この詩は、さだまさし氏の懇意にしている実在の医師がモデルになっているらしいです。それにしても、この僅かな文字で、読む者・聞く者にドラマのイメージを湧きあがらせ、伝える、氏の文章力は素晴らしい。そして日本語の巧みさ。感服すると同時に、私も少しでも近づきたいものだと思います。


今年、2013年もまもなく終わりを告げます。この一年、皆さんはどうだったでしょうか。振り返ってみれば私には、いくつかの変化があったとはいえ、辛いことも多く、とても風に立つライオンのように威風堂々と乗り切ってきた訳ではありません。いやむしろ、風に翻弄されてきた、と言った方が正解でしょう。それでも今、こうして生きて、振り返り、そして前を向ける自分であることを、幸せに思っています。
このブログは、もうすっかり私の生活の一部になってしまいました。この一年お付き合い頂いた方々、とても感謝しております。皆さんにもきっと、嬉しいことや辛いこと、悲しいことも有ったことでしょう。でも、こうして一緒に年を越えられることを、お互い祝おうではありませんか。そして、凛と立つライオンのように、新しい年に向かわれることを祈って、今年の締めとさせていただきます。
ありがとうございました。



さだまさし 「風に立つライオン」


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