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「ホームにて」 [本・映画・アニメ・詩歌]

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「本・映画・詩歌」のカテゴリーでこれまで、いくつかの歌を紹介してきました。私の場合、どうもメロディよりも詩文の方に重点を置きがちのようで、まあこれは音楽的センスの欠如している証拠でもあるのですが、そんな詩文の分野でどうしても外せないアーチストがいます。それは、中島みゆき、さんで、1975年にデビューして今年で39年目を迎えるシンガーソングライター。御年60歳を過ぎた今も、多くの楽曲を自らの声で、そして他のアーチストへ提供することで、既に確固たる地位を気づき上げていますから、ご存知の方も多いと思います。
彼女の曲の詩には、独特の表現・難解な言葉の使い方や比喩表現が多く、当人はそれは聞く人の判断に任せるとのことで、自らが意図を説くことはしないのですが、時に論争を呼ぶほど奥深いものがあります(「世情」なんて、そうでしたね)。私は特にファンというほど傾倒しているわけではないのですが、興味が有って初期の作品を聞き漁った時期が有りました。一度聞いたぐらいでは理解できず、何度か聞いてやっとその意図への道筋が分かったものも多かった記憶があります。同世代で、とかく比較されがちなユーミンが、どちらかといえばメロディを重視し、男女の恋愛をテーマにしている作品が多いのに比べ、時に哲学的、普遍的な思惟を含ませたものを極めて簡単な言葉の羅列で含ませたり、市井の一人を掘り下げたものや、情念とも呼べるような感情を赤裸々に綴ったり、と、多くの自称・中島みゆき研究家を生むほど奥深い曲もあります。私自身は、そんな研究家には至っていないのですが、今回は彼女の初期作から一つ紹介させていただきます。1977年リリースのアルバム「あ・り・が・と・う」の中の一曲、「ホームにて」です。

ふるさとへ向かう最終に
乗れる人は急ぎなさいと
やさしいやさしい声の駅長が
街中に叫ぶ
振り向けば空色の汽車は
いまドアが閉まりかけて
灯りともる窓の中では
帰り人が笑う
走り出せば間に合うだろう
飾り荷物を振り捨てて
街に街にあいさつを
振り向けばドアは閉まる


一番の歌詞を聞く限り、故郷へ向かおうとする主人公が、その列車(汽車という言葉を使っていますが、それは心情を載せるためでしょう)に乗り遅れてしまった、という情景描写のように思えますが、そんな乗り遅れた人を唄っているのではないことは、聞き進むにつれて分かってきます。「帰るひと」ではなく「帰りびと」という言葉に使い方は、彼女らしいところと言えます。「飾り荷物」とは、故郷に持ち帰るものが、そんな大したものではない、むしろ無くても良い、それに等しいものであることを意味しているのでしょう。そう考えるなら、何かを成して、成功して、成果を上げて、帰るのではないという主人公の姿が浮かびます。

振り向けば空色の汽車は
いまドアが閉まりかけて
灯りともる窓の中では
帰り人が笑う
故郷は走り続けたホームの果て
叩き続けた窓ガラスの果て
そして手の平に残るのは
白い煙と乗車券
涙の数、ため息の数
溜っていく空色のキップ
ネオンライトでは燃やせない
故郷行の乗車券


青色やブルーという言葉を使わず「空色」と表現したのは、その汽車に、故郷に続く想いを乗せる為でしょうか。故郷に続くのは空。隔たりなど無い空。だから空色でなければならなかった、かもしれません。その車内に既に乗っている人々に、憧れや羨ましさを感じているようです。そして、それに乗り遅れた、いや乗れなかった自分には、涙とため息と乗車券が残った。しかも、「溜っていく空色のキップ」とあります。主人公にとって、乗車券を手に入れたのに乗らなかったのが、今回が初めてではなく、何回目かであることを示しています。

黄昏には、さまよう街に
心は今夜も、ホームに佇んでいる
ネオンライトでは燃やせない
故郷行きの乗車券
ネオンライトでは燃やせない
故郷行きの乗車券


希望を胸に、故郷を離れ都会にやって来たけれど、思うようにいかず失望のなか、故郷へ戻ることを何度も考えながらも思い切ることができず、でもその想いを断ち切ることもできない、そんなどうしようもなく重い心を引きずった主人公の姿を連想してしまいます。「ネオンライトでは燃やせない」と繰り返されます。それは一時の快楽や、目を奪う華やかさ等では決して消せない、と訴えています。故に「心は今夜もホームに佇んでいる」のです。今の自分・今の自分の立場・今の自分の環境・今の自分の目的や生きがい、今の自分の・・・、そんな思い描いたようにならない行き詰った自分の向く先を、「故郷」という言葉で代名詞させているのでしょう。優しくもあり、切なくも感じる彼女の歌声が、身に染み入ります。
ただ私は、地方から都会へ出てきた若者が味わう挫折と望郷の念を唄った、だけとは思えないのです。「故郷は走り続けたホームの果て 叩き続けた窓ガラスの果て」、この「故郷」は別の言葉に置き換えられるではありませんか。希望とか夢とかの言葉が、代わりに思い浮かぶと思います。あるいは、恋人や温かな家庭、優雅な暮らしに置き換える方もいるでしょう。この唄の故郷は、あくまでそれらの代名詞にすぎないと思いました。
人は、その長い人生の中で何度も行き詰まり、立ちつくします。こんなに一生懸命やったのに、と悔しさが滲むこともあるでしょう。選んだ道が間違いだった、と後悔することもあるでしょう。背負った荷物が肩に突き刺さり、しゃがみこんで休みたい想いに苛まれることもあるでしょう。あの時邁進した先が、実はネオンライトだったと気付くこともあるでしょう。そんな時にフッと見れば、帰り人の乗った空色の汽車が目に留まるかもしれません。それに乗ろうとする、でも乗れない。乗ってその場を立ち去れば、楽になるかもしれない。けれど、乗れない。なぜ乗れない? この詩の主題は、そこに有ると思いました。


ホームにて


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