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さよなら シンデレラ [物語]

「ねぇ、ディズニーランドに行かない?」
フォークに絡ませたカルボナーラを口に運ぼうとした時だった。全く絶妙なタイミングで、全く想定外の言葉が振ってきた。
「ねぇ、そうしよう?」
覗き込むように言う微笑みには、彼女らしい悪戯心が潜んでいるのには気付いたが、平然と受け流せるだけの度量を、その時の僕は持ち合わせていなかったのも事実。きっと彼女の目論見通りの表情をしていたに違いない。
「今から?」
遅めのランチを有楽町のオープンカフェで取っていた時だった。この日の為に考えてきた僕の計画など、会ってものの十数分で吹っ飛ばしてくれた彼女の言葉は、でもしかし、数分の時間を加えれば、常識的ではなく意外であっても悪くない。それじゃあ、と目の前のものを手早く片付けた後に東京駅へ向かう。僕の左肩の数十センチ向こうに、いつものように彼女は居た。そして斜め横に向かって掛ける僕の言葉に応える笑みも、いつもと同じだった。
東京ディズニーランドが出来た当初は、バスや車で行くしか交通手段が無かった。僕達が最初の訪れたのもバスだった。今では京葉線舞浜駅が出来て、東京駅から十数分で着く。その東京駅は平日の今も、足早に歩く無数の目的を持った人達の大小の列が交差していた。勿論、日本有数のターミナル駅に違いなかったが、地方都市からこの地にやって来た僕にとっては、最初に降り立った駅であり、ここに来る度に、あの時の無知で田舎者の自分の姿が脳裏をかすめるのは、たぶん僕のセンチメンタルなのだろう。それが証拠に、同じ境遇の筈の彼女は、スタスタと地下へと続くエスカレーターを目指して歩みを止めない。東京駅最深部かもしれないホームに降り立てば、タイミングよく電車が滑り込んで来た。車内は、平日の昼下がりの割には少なくはない。
「最初に来た時は、ガイドブック買って、前日にいろいろ計画したよね」
「そうそう、あの頃はどこの本屋にも『TDL攻略本』っていうのが有ったなあ」
本当は貴重な一日の筈なのに、いつの間にか彼女のペースにはまってしまった不甲斐なさを感じなかったのは、きっとこの笑顔故だろう、と思った時、車窓がパッと明るくなった。地上に出た電車は、もうすぐ春だと告げる日差しの中を進んでいった。

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友人の紹介、一言で片づければそういうことなのだが、実際は面倒な話が来たものだと思った。大学に進学して、この大都会の片隅に独り身を置く術を得て、やっと自由にこの街を歩けるようになった頃だった。しかし、旧知の友人の頼みとあれば、無下にはできない。顔も分からない、名前しか知らない二人が落ち合える場所として、池袋駅のホームの一番端、そんな殺風景な所を指定したのは、積極的に会いたいという反対の意味を込めたつもりだったのだが、それでも最初から彼女は笑顔だった。傍らの喫茶店で二、三時間も話しただろうか。その間彼女はずっと笑っていた。特に面白い話をした訳でもその意図も無く、ただ普通に会話しているつもりだったのに、時に涙を浮かべるほど、彼女はずっと笑っていた。生まれた地も育った環境も目指す方向も全く違う二人なのに、緊張感みたいなものが数分で飛び去ってしまった、不思議な出会いだった。ただ僕はその時、花のように笑う人だな、と思った。
故郷が遠くに思えるようになった頃、僕の左側に何時しか花が咲くようになった。時に意外な言動で驚かされることはあったが、他愛も無い動機からであり、時に意地っ張りな彼女と衝突したことはあっても、結局はそれを受け入れる寛容さを求められているのだと知ることになった。ただ彼女は、過去の事は殆ど話したがらなかった。それに気付いた僕も、敢えてそこへは踏み込まない。付き合うということは一心同体になることではない、そう思ったから。
僕らがアルバイトを始めるようになったのは、それから少し経ってのことだった。地方から東京に出てきた二人、親からの仕送りが有るとはいえ、この大都会で自由を謳歌できるほどの額である筈も無く、どちらかと言えば貧しい大学生活だった。バイトで少しづつお金を貯め、二人で旅行に行くのが目的であり、それは半分は叶ったが、半分は結局あきらめることになった。

現在は、舞浜駅前にはディズニーランドの土産物店やそれらしいオブジェが並ぶが、まだそんなものができる前のこと。広い歩道橋と広場の先にチケット売り場とゲートが有るだけだった。さすがにこんな中途半端な時間に訪れる客数は少なく、難なく「行ってらっしゃいませ」のスタッフの声に押されて、僕らは夢と魔法の国へと入って行った。
「さてと、どこから行く?」
「そうねえ、やっぱりアレから」
彼女が指差したのは、前回来た時も最初に並んだスペースマウンテン。確か二時間は並んだような記憶があるが、今日は待ち列がそれほどでもないようだ。屋内であることを逆手にとって、視界を狭められた暗い空間を、映像と音響をと共に疾走することで、スリルとスピード感を体験させられる人気アトラクションの一つ。
「前に来た時、ギャーって言ったでしょ。今日はそれはナシよ」
「そんな声、出してないって」
「いいえ、出してました。隣の私がしっかり聞いてました」
「・・・」
言い争うのも大人げないからと、しっかり目で否定したつもりが、そうだったかな~、とつい思わされてしまうところが、彼女の魔法なのかもしれない。

いかに単身で東京に来たとはいえ、それなりの月日を過ごせば、少なからず友人もいた。彼女も同様。そして二人が付き合えば、その友人達とも出会うことになる。元より人見知りしやすい僕は、積極的にそんな輪の中に飛び込むつもりは無かったのだが、彼女の友人の誕生パーティに招かれた時の事、初対面の人達の前で「○×さんの彼氏です」と紹介された時、顔から火が出るほど恥ずかしかったことを憶えている。音痴で酒の飲めない僕は、こういった席は好みではなく、早々に退散したい所なのだが、彼女の手前、立派でなくてもそれなりに振る舞わないと、と緊張していたことも、今となっては懐かしい。結局そんな緊張もいつの間にか霧散して、終電が無くなるまで騒いで、最後はタクシーなど端から論外な貧乏学生らしく、二時間以上も深夜の国道を歩いて帰ったことも、今となっては懐かしい。そして、そこで知り合った人達が共通の友人となり、今日この日を生んでくれる事になるとは、もちろん当時は想像の遥か彼方だった。

「次はアレね」
「イッツ・ア・スモールワールド、あれ面白くないよ~。お子様向けじゃない」
「そこが夢があってイイじゃない。あなたもギャーとか言わないし」
「言ってないってば!」
ケラケラ笑いながら歩みを止めない彼女。まあココは浮世とは離れた国。そこに足を踏み入れたのだから、現実なんて棚の上に上げてしまえ、と後ろから追いついて彼女の歩みに合わせた。彼女が手を差し出す。まるで幼稚園児が下校の時にするように、握った手を振りながら白い建物に向かって歩いた。この国に初めて来たのは何年前だろう。月日を重ねて変わった僕の筈なのに、あの時と何も変わっていない、そう思った。

一応、真面目な大学生だった僕は、ゼミにも入っていた。その師事する教授のイベントが新宿のホテルで行われることとなった。ゼミ員である僕も、もちろん準備と後片付けの為に駆り出されたのだが、偶然にもその日は彼女の誕生日だった。お金に余裕など無い僕らだけれど、一年に一度の特別な日なのだから、と外食を決めていた。ゼミのイベントにはスーツ姿で参加しなければならなかったから、ちょうど好都合だとも思った。しかし、予定時間を過ぎてもなかなか終わらない。終わっても、先輩方を差し置いて勝手に帰る訳にもいかない。携帯電話など無い時代だから連絡もできず、ただひたすら時計を何度も見つめるしかなかった。結局、約束の時間を二時間以上も過ぎて、やっと自由の身となった。それから彼女との待ち合わせの場所、新宿駅の地下に向かったのだが、半ば以上諦めていた。待っているはずない。怒って帰ってしまったに違いない。トボトボと歩きながら、言い訳を考えていた。いや、言い訳など火に油を注ぐこと、ひたすら謝るべきだ、そんな考えが頭の中を巡りながらも、足は勝手にドンドン急ぐ。途中から小走りになる。汗が噴き出る。でも、ネクタイを緩めて走った。そして、息を切らせて地下への階段を駆け下りた時、彼女の姿が目に飛び込んできた。縦横に行き交う大量の人の波を不安げに見つめ続け、二時間以上も僕を待っていてくれた。息を整え、ゆっくりと彼女に近づいた。彼女も僕を見つけてくれた。その表情に険しさなど無く、ただ安堵だけが感じ取れた。僕は思わず目頭が熱くなっていた。こんな僕の為に、僕一人の為に、この子は二時間以上も立ち続け、ただひたすら待ち続けてくれたのだ。こんな嬉しいことは無い。これまで生きてきて、一番嬉しい瞬間だった。人目を憚らず、僕はそっと彼女を抱きしめた。「どうしたの?」とだけ、僕の肩口に彼女は小さく言った。

陽が西に傾くにつれ、アチコチの建物から明りが付き始めた。ふっと目に留まったのが、ポップコーンを売っているこの国の屋台。
「ねえ、ポップコーン食べよう」
「ダメ」
「ダメって、そんな子供に言うみたいに」
「ダメ!」
「どうしてさ。ポップコーン、嫌いじゃないだろう?」
「ポロポロこぼすから、ダメ」
「えーっ?」
「だって前に来た時も買って、食べながら歩いてたらポロポロこぼしたでしょう」
「そうだったかな~」
「だから掃除係の人が、ずーっと私達の後を付いてきたじゃない。恥ずかしいからダメ」
そう言ってクックッと口元で笑う彼女に、あの時は一つのポップコーンを二人で食べていたからこぼしたんだ、と言いたかったが、そう言う前に今日は二個買って、一つを差し出した。あの時よりは少しだけ、財布に余裕ができたから。

最初は戸惑った大都会での生活、それに慣れてしまえば「こんなものか」と思ってしまった。大学生活も一年も経てば時間に余裕ができ、大学生って「こんなものか」と思ってしまった。それがどうだろう。彼女が僕の傍らに咲くようになってから、俄然忙しく、新鮮になった。友人の幅が広がり、後輩の面倒を見ることも増えてきた。そして何より、彼女が見るもの、聞くもの、興味を示すもの、感動するもの、嫌いなもの、それら全てを共有や共感はできないにしても、全てが僕には新鮮だった。地方都市で生まれ育ち、そこで自分なりの希望や夢を持っても、まだそれが幼く未熟であったと知らされた東京。そこで僅かに立つ足場を得たとしても、まだ見上げるばかりで埋没しそうな僕に、新たな見方、別の価値観と言ってよいものをもたらしてくれた彼女は、付き合うということが単なる愛や恋やSEXだけではない、そういう事を示してくれた。でも、僕と彼女は同じ年。彼女を大切に思うが故に、導かなければならないという使命感が、知らず知らず僕を、ちょっとだけ背伸びさせていたのかもしれない。

まったく、ジャングルクルーズのスタッフには感心する。リピーターも多いはずだから、何種類ものパターンを持っているのだろうが、決められたコースを回って、決められた所で飛び出てくる動物にびっくりさせる話術は大したものだ。分かっていてもビックリし、そして笑う。ボートを降りた後も、僕たちは笑っていた。何が可笑しいのか、何て考えず、ただ単純に笑っていた。それが僕たちのやって来た、この国の決まりなのだ。
夕闇が迫るなか、僕たちの歩く前をスタッフがロープを張っていた。そうだ、まもなく夜のパレードが始まる。
「前に来た時は凄い人だったわね」
「そうそう、あまり近づけなかった」
今回は早々にロープ際に陣取って、最前列で待つことにした。長く感じた冬が終わりを告げるのは分かっていたが、陽が傾けば、まだ薄ら寒い夕暮れだった。

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続き・・・


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春のアイス [物語]

授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。サッサとカバンに荷物を詰めて立ち上がるのは、クラスの半分程だろうか。彼ら、彼女達は一様に、学校指定のカバンの他にバックを持ち、その中には部活動の用意が入っている。授業が終わればそれぞれが、体育系の活動の場に移動して行く。そうではない者たちは、今日の小難しい授業から開放されたひと時を、雑談で埋めている。「ところで考えてくれた?」と横から声を掛けられた。隣の席の小柄なクラスメイトは天体観測部に所属していて、ここには高校にしては珍しい天体望遠鏡が有ったので、時々夜を徹して部活動をするのだ。といっても、そんな公明正大な理由の下で学校に泊まり、自炊したり雑談を楽しむのが主ではあることは、誰もが知っていることだが。「春休みに入った最初の土曜日だから」と念を押してきたが、曖昧な返事をしていると、「じゃあさ~」と眼のギョロッとした奴が教室の向こう側から歩み寄ってきて、「じゃあ、ウチの春休みの旅行に行かないか?」。彼は鉄道研究会で、様々な鉄道を乗り継いでは、当時やっと手の届く価格になった一眼レフカメラで写真を撮って廻る、その旅への誘いだった。予算を浮かすために車中泊が多かったようだが、それもまた楽しいらしい。そんな雑多な話やら誘いやらで暫しの時間を過ごしたら、人影少なくなった教室に見切りをつけて、駅へと歩き始めた。
身を切る寒さは、もうすっかり遠のいていた。一人で帰校するなんて、今まではまず無かったことだけど、このところ暫く続いている。校門から駅までは直ぐだし、電車に乗っても10分程。いつもは薄暗くなって街明りが瞬く車窓がこんなにも明るく見えるのは、日の短い冬が終わったせいだけではないだろう。それが証拠に駅のホームに降り立てば、いつも見かける帰宅を急ぐサラリーマンの姿は無い。取り立てて急ぐ必要も無い、そんなちっぽけな余裕が、実は新鮮だった。塾へでも急ぐのであろう同年代の一団を見送った後、広々と空いた階段をゆっくりと降り始めた。その時だった。視界の隅に、同じ高校の制服が入ってきた。階段の片面に付けられた手すりを持って、一段一段ゆっくりと降りるその足首には、痛々しい包帯が巻かれていた。その後ろ姿には見覚えがあった。躊躇の気持ちが起こらなかったのは、今思えば不思議なのだが、引き寄せられるように歩み寄った。驚かせるつもりは無いのだが、スッと背後から片手に持った彼女のカバンを持ち上げた時、振り返って見つめられた瞳は、痛みからか口惜しさからか、うっすら涙目だったと思う。もう10年以上前から知っているのに、彼女のそんな顔など初めて見た。いや、そんな顔など他人には絶対見せない彼女だったはず。気の強さは人一倍、負けず嫌いな性格は誰にも負けない、そんな彼女の怯える子犬のような表情。とっさに視線を下に向けた彼女。でも、その理由は察しられた。彼女と自分のカバンを片手に持ち替えて、彼女の前に出て、かがんで背を向けた。「エッ」という短な声が聞こえた。「いいよ、そんな」という小さな声も聞こえた。「いいから。モタモタしていると、かえって目立つよ」と言った後、一瞬のとまどいの間の後、背中に彼女を感じた。意外にも軽い、と思った。彼女を背負ったままスタスタと階段を降り、改札口を抜けると、「ここに居て、自転車を取って来るから」とだけ言って、駅の高架下まで走った。その自転車と共に戻ってみると、二つのカバンを抱かえた彼女が、寂しげに立っていた。
足首の包帯は、医者で巻かれたものではないと思った。たぶん学校の医務室で処置してもらったのだろう。いつもは部活動の練習に出ている時間なのに此処に居るということは、学校で怪我をして、部活動を休み、これから病院へ行く、といったところだろう。怪我の理由は分からない。でも、あと一か月後に始まるインターハイの県予選を前にして、こんな怪我をして練習を休まなければならない、部活動に心血を注ぐ彼女の口惜しさは理解できた。だから、前カゴに二つのカバンを入れ、後ろに彼女を乗せて進み出した後も、掛ける言葉に迷った。うつむいたまま、無言のままの彼女。きっと恥ずかしさもあったろうから、駅前の小さな商店街は急いで抜けた。人通りが少なくなった道程で、でもなあ~、と思ってペダルを漕ぐ足を少し緩めた。自分の家と彼女の家とは、さほど離れていない。つまりは、同じ小学校に行き、同じ中学校に通い、今も同じ高校を行き来する同級生。ただし、話をしたことはほとんど無い。彼女の男勝りの性格は、つとに有名だったし、特別毛嫌いする理由が有った訳でもないのだが、かといって特別親しくしようとする動機も無かった。
「でもなあ~」と一人つぶやいてしまった。振り返ることはしなかったが、あの快活な彼女の表情が真っ黒なことは背中から感じられた。こんな中途半端な時間に住宅地を進む自転車の先には、すれ違う人もいない。橋が見えてきた。渡ってしまえば彼女の家だ。その橋の手前に、大手スーパーに追いやられて消滅していく予定の駄菓子屋があり、その前で自転車を停めた。声は発しなかったけど、びっくりしたように顔を上げた彼女に、「ちょっと待ってて」とだけ言って店に入って、「おばちゃん、アイス二つ貰うよ」。結局その後、彼女は家に着くまで、「ありがとう」と「ごめんね」しか言わなかった。

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特別親しい間柄でもない人に、常に勝気の彼女が、昨日あんな姿を見せてしまったことをきっと恥ずかしく思っているだろうなあ、と駅のベンチに座りながら想像していた。けどまあ、間違ったことはしていないだろう、と結論付けた時に、電車がホームに入ってきた。足早に降りていく同校生の塊が行きすぎた後、松葉杖の彼女がゆっくりと降りた。別に待ち構えていた訳ではないゾ、ちょっと気になっただけだから、という、誰に言うでもない言い訳を飲み込んで、昨日のように空いた階段を、一歩一歩慎重に降りていく彼女の後ろに続いた。それに気づいた彼女は、一瞬驚いた表情を見せたが、続く「昨日はありがとう、でももう大丈夫」との言葉には、昨日の弱々しさは無く、明確に手助け拒絶の意志を含んでいた。これは嫌われたかな、と思い、ここで親切の押し付けをすることもないだろうと、そのまま下まで駆け降りた。今でこそ身障者用のエレベーターが有るのだが、当時はそんなものは無く、広いが長い階段だけだった。その階段を降り切ったところで振り返れば、慣れぬ松葉杖を使って中腹まで降りたものの、疲れたのか、一呼吸置いている彼女がいた。やっぱり、と思って階段を駆け上り、彼女からカバンを奪うと、「意地張らずにちょっとだけ付き合えよ」と背を差し出した。ここでも明確な拒否の言葉を投げかけられたが、昨日の「モタモタしていると余計に目立つよ」との言葉を憶えていてくれたのか、彼女もここで押し問答するのは愚と思ったのだろう、程なく背中に彼女を感じた。ただ昨日と違うのは、「ヘンなとこ触ったらぶっ飛ばすよ!」と言い加えられたこと。右手に二つのカバン、左手に松葉杖を持っていては、そんなことできるわけないだろう、などと言っている間に階段を降り切って、そのまま改札口を抜けた。そこで彼女を背から降ろすと、「ありがとう」との言葉をやっと貰えた。面と向かって見た彼女は、昨日とは打って変わり、いつも通りだったけれど、こんなにも女らしかったっけ、との感が一瞬過ぎった。しかし、「恥ずかしいから、さっさと自転車取ってきて!」と言われれば、ハイハイと応えながら、それはたぶん気のせいだろうと思い直した。
その日はもう、すっかり春の空気だった。その中を二人を乗せた自転車が進む。あの橋が見えてきた辺りで、「今日は私が奢るからね」と後ろから声を掛けられた。「どうしても借りを造りたくない性格なんだねぇ」と言ったら、背中を小突かれた。店の前に着くと、自転車を降りる彼女に右手を差し出した。同じく右手で握ろうとした彼女は、とっさに左手に替えた。何年も毎日ラケットを握り続けている右掌は固く、女の子らしくないと思っていたからだ、と直感した。その初めて触った左手は、ちょっと冷たかったが柔らかだった。「何にする?」という彼女に、「昨日はレモン味だったから、今日はラムネ味」と言わせてもらった。その橋の架かる川は、たいして立派なものではないけど、この近所に住む子供達にとっては昔からの遊び場だった。今では川岸に公園が作られている。そのベンチに座る彼女に同席を促されたのは、ご褒美だったのだろうか。そこで彼女の口から、まったくの自分の不注意で足首を怪我してしまったこと、昨日医者に行ったら骨折ではなかったこと、インターハイ予選が始まるまでにどうしても治さなければならないこと、そんな話を聞いた。全ては予想の範囲だったし、部活動を学校生活の中心に置く彼女らしいと思った。傍らに立つ桜の木は、まだ蕾。一呼吸の沈黙の後、当然来るべきであろう質問が、彼女から発しられた。
「どうして辞めたの?」



続き・・・


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十月の風 [物語]

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その時、オレは疲れていた。だいたいサービス業というのは、万年人手不足だ。景気の良い時には、もっと割りの良い仕事がいくらでも見つかるし、景気の悪い時には、余暇や趣味にかけるお金を節約するので、この業界も人件費を渋る。日曜日も祝日も、お盆も年末年始も休めず、勤務時間も不規則なこんな仕事に、人は好んで集まらない。その日も、18時間の夜間勤務からやっと解放されたのは、早朝6時。とにかくここから去りたくて仕方なく、重い体を引きずって会社を出た。空腹感は特に無く、さりとて今から一人住まいの部屋に戻ったとて、食べるものは皆無。ただシャワーを浴びて寝たかった。その後またここに戻って来なくてはならないのだから。
コンビニが巷に溢れるずっと前の話だ。朝6時に開いている店など限られている。思いついたのは、帰路に有るドーナツのチェーン店。あそこは確かこの時間でも開いていたはずだと思い、立ち寄った。東京の環八沿いにあるその店に客影は無く、朝らしいBGMが流れていた。熱いコーヒーと甘いドーナツ。甘いものが特に嫌いではないオレだが、それでも美味いとかぶりつく元気は無く、ゆっくりと喉を通した。ただ、寝る前に少し腹を満たしておく必要を感じただけ。用が済めば明るい色の制服を着た店員に支払い、「ありがとうございました」の声を背に、傍らに置いたヘルメットを手に自動ドアを出た。
その頃オレはバイクに乗っていた。1980年代はバイクブームだった、と将来振り返られる頃、そんなブームに乗せられた訳でもないのだが、社会人一年生のオレは、何だか毎日が虚無に感じて、特に強い動機も無く免許を取りに行った。ナナハンといわれる大型車に乗るなど、端から眼中に無く、そんな高価なバイクを買える余裕も無く、中型自動二輪というやつだ。免許は簡単に取れたが、取ってしまうとバイクが欲しくなる。これもまた通勤途上にある小奇麗なバイクショップを覗いてみたくなったのは、社会人二年目になる頃だっただろうか。比較的大型のその店には、各社のバイクが展示されていた。HONDA VT250F でも、と思って入った。2ストロークエンジンは好みではなく、車検が無くて維持費が安く、高速道路も走れる250ccクラスで十分な気がしたから。ところが、その店の奥が中古車の展示場になっていて、そこに踏み入れたら「YAMAHA FZ400R」を見つけてしまった。まだナンバーが付いて半年ほどの中古車。エンジンを掛けてもらえば、4into1のマフラーから放たれる野太いアイドリング音が、既に高性能を誇示していた。瞬時に魅了されたオレは、技量に合わないバイクを愛機としてしまった。
乗るだけなら、走らせるだけなら、初心者のオレにもできた。でもそれは快適ではなかった。フロント16インチ、リア18インチを採用する足回りは路面の凹凸を確実に伝えるほど固く、端からタンデムなど考えられていないそのシートは、申し訳程度しかクッション性は無く、ギアは硬質感むき出しで、強い前傾姿勢を要求される。街中をダラ~っと流すと常にアンダーステアで、当初は後悔もした。しかし、会社の後輩(アルバイトの大学生)が 「HONDA CBR400F」を手に入れてから一変。当時のTT-F3用のベースモデルを手にしてしまった初心者同士、その性能を少しでも味わうために、暇を見つけては二人で峠に行った。群れるのは好きではない。もちろん硬派な走り屋になるつもりもなく、その意味では軟派なバイク乗りには違いなく、ただ少しでもバイクの楽しさが分かれば、二人ともそれで満足だった。そうしてワインディングロードに踏み込むと、このFZの意味が少しは分かった。強い前傾姿勢を強いる低いハンドル位置はハングオンの容易さの為であり、エンジン回転をキッチリ合わせての素早いシフトアップ&シフトダウンでは小気味よく決まるシフト。そして何より、キチンと体重移動すればアンダーなど出ず、実にシャープなハンドリングをもたらしてくれる。僚機であるCBRと交換して乗ったことがあったが、FZに比べればCBRは遥かに乗りやすくて乗用車的。FZはより尖った硬派で、相棒はそれ以後二度と交換しようとは言わなかった。

大田区に住んでいた部屋から仕事場までは、バイクで30分ほど。雨が振る予報が無く、途中で他所に寄る予定が無ければ、バイクで通勤することが多かった。もっとも、ヘルメットを被り、停まってしまえばストーブを抱かえているようなものだから、真夏は遠慮した。汗臭い体はサービス業にはNGなので。そして何よりバスの時間を気にせず、早朝6時に仕事から解放されても、直ぐに帰路につくことができるのは助かる。如何に若いからといって、深夜の連続勤務は生身に応える。季節が移り、ホットコーヒーからアイスコーヒーに代わったが、いつもの店のカウンターに座り、いつものように肩肘をついてドーナツを一口。その時、頭上から柔らかな声が振ってきた。
「いつも疲れているみたいね。仕事帰り?」
その時、店に客はオレ一人しか居ない。フッと顔を上げれば、定められた帽子の中に髪を束ねた、20歳前後の女の子が声の主だった。明らかに営業トークではないことは分かったが、何回か来ているのに、その店員の顔をマジマジと見るのは初めてだった。一瞬後にオレは、「エッ?」と言ったような気がしたが、夜勤をこなしての帰り道だということを、まるで言い訳のように話したことを憶えている。その間彼女は、特に笑顔は無く、じっと聞いていた。店を出る時に立ち上がったオレは、実は彼女が小柄だということに、初めて気づいた。オレの背中に掛けられた「ありがとうございました」の声が、いつもとちょっと違う感じに聞こえたのは、きっとオレが寝ぼけていたせいに違いない。

「あなたがFZに乗っていたから声をかけたの。VTなら話さなかったわ」
何度目かに会った時、彼女にそう言われてゾクっとしたことを、そう言われて返す言葉に迷ったことを憶えている。バイクショップのクラブに所属している事、TZ250に乗って筑波サーキットを走っている事、そこで転んで怪我をした事、そんな話を彼女から聞いた。つまりは軟派なバイク乗りのオレなどより、彼女はずっと上級者で硬派。決してお金持ちのボンボンが趣味の一つとしてFZに乗っているような身分ではないのだが、かといってFZに見合うような腕も心意気も無いのは確か。強がってみせても歯が立たない事は分かっていたので、かえってありのままに素直に話せたのは、ちょっと意気地が無いことかもしれない。
「タイヤの縁じゃなく、真ん中ばかり減らしているんじゃないでしょうね」
今日もいつものように注文すると、そんな言葉が返ってきた。上から目線で言う彼女に、返す言葉も無く苦笑。年長者の男としては恥ずかしいことなのだろうが、何故か不快とは反対の気分でいられた。疲れた体を引きずって帰る途中の、僅か数十分の楽しみと言えば、確かにそうだった。ただ暫くして気付いたのは、そうして営業トークから離れて話す彼女には、どこか影が有り、談笑という雰囲気にはならなかったこと。オレと話す彼女との間にはカウンターがあり、それはいつまでも無くならないような気がしていた。

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早朝というより、まだ夜の部類の午前4時。東京都狛江市にある相棒の部屋で落ち合う。そのまま第三京浜を使って南下、箱根に向かう。8月は仕事が忙しく、また峠も混んでいるので行く気にもならず、9月に入って奥多摩に行った時にも、オレ達には肩身が狭かった。10月に入ればもう良いだろう、と相棒と休みを合わせた。FZのハーフフェアリングを切る風は、もう冷たい。淡々とした直線に近い道程をこなせば、何とか熱海で日の出を迎えられた。さて、これからが本領。椿ラインを登る。箱根ターンパイクも行ったが、中速から高速コーナーが多くて、流して走るには良くても、初心者には楽しめない。その点この椿ラインは、中低速コーナーが多くて、思いっきりエンジンを回したいオレ達初心者には向いていると思えた。グイッとスロットルを捻れば、10000回転以上楽々と回るFZのインライン4が歓喜を奏でる。しかしまずは1本目、流して様子を見る。今日は相棒が先行、後追いがオレだ。まだ緑が残るワインディングロードを、左右に振りながら駆け上がる。ここに来たのは3度目なので、多少は勝手が分かるが、油断は禁物。ライダーのミスに寛容ではないFZだから。
その時、アライのヘルメット越しに甲高い2ストロークエンジンの音が聞こえ始めた。後ろから来る。その差をドンドン縮めて来る。バイクは四輪に比べて、ずっと力量の差が出る乗り物だ。いくら流して走っているとはいえ、オレ達よりもずっと速いとは、かなりの手練れであることは間違いない。ここは、初心者は道を譲るべきだな、と思った刹那、アウトからあっけなく抜かれた。チャンバーを替えた「YAMAHA RZ250R」だ。そのスピードはそのままで、前を行く相棒のインをズバッと差す。相棒は気付くのが遅れたのか、一瞬不安定になりコースアウトしそうになる。
「やったな!」
オレは持てる勇気を絞り出して、FZのスロットルを締め上げた。抜いた相手が転んだかどうか確かめる為に振り向いたRZに比べれば、横目で転ばずに立ち直った相棒を確認できたオレの方が、シフトアップが早かった。若干上りの右中速コーナーに向かうRZのすぐ後方にFZを付けることに成功した。次は左の低速コーナー、RZはシフトダウンが早い。この最大減速Gを素早く得るブレーキングが、オレとの最大の違い。そしてバンクに移行する一瞬の動作も、シャープで無駄が無い。なので、理想的なラインで立ち上がり、速い。そのラインをトレースして追うオレ。見通しの良いコーナーでは思い切ったアウトインアウトをとるが、ブラインドコーナーでは決して対向車線にはみ出ることなく、文句の付けようの無いライン取り。それでいて小柄ながら体重移動は機敏で、細い腰がオレの目の前を踊るように左右する。彼女が引いたラインをトレースし、彼女が示したポイントで減速を開始すれば、彼女と同じような速さで立ち上がれる。その間、幾つのコーナーをこなした事だろう。まるで、レーシングスクールの教官の後を追っているようだと思った。しかし、ここはスクールではない。それに慣れてきた時、ちょっとだけ意気地が湧いた。左中速コーナーを抜けた後、僅かに下って右のヘアピン。思い切ってブレーキングを遅らせて、RZのインにFZのフロントを捻じ込ませる事に成功した。バリアブルダンパーを装備したフロントフォークは、フルボトムこそ避けてくれたが、そのまま一気にFZをバンクさせたために、モノクロスサスペンションのリアが素早くスライド。このまま転倒、が頭をよぎった。しかし、左ステップを思いっきり蹴り上げて、僅かに車体起こすことに成功したオレは、そのままリアに体重を移してスライドを終わらせると、一気にスロットルを開ける。オレが転倒することに備えたRZは、クリップポイントに付けず、FZのオレを前に出してしまった。次は僅かに上ってブラインドの左中速コーナー。岩肌がむき出しのイン側にハングオン。ヘルメットの数十センチ先に岩肌が迫るが、ここは踏ん張ってインベタで回る。直ぐ後ろに2ストのエンジン音が迫る。それを抜ければ、次は短い直線の後の右低速コーナー。だがそこで、オレの蛮勇が尽きてしまった。開けたインを易々と突いた彼女は、そのまま理想的なラインで立ち上がって行く。オレもまた、そのラインに続く。そのまま暫し、また教習走行が続くのかと思えば、彼女はその先の駐車スペースにRZを停めた。数メートル離れた所に停めたオレ。僚機であるかのごとく、それ以上近くに停めることには憚られた。今日オレ達が、この時間にここへ来ることを知っている唯一の人が、RZに乗ったままヘルメットを脱いだ時、彼女の髪がフワッと風になびき、朝日で金色に輝いた。
「なぜ抜かせた!?」
同じくFZに乗ったままヘルメットを脱いだオレに、まず浴びせられた厳しい問いただす声。ドーナツ店では決して見せない、険しい眼だった。あそこで譲らなくても、技量差からいって、その先のどこかで抜かれていたことは間違いないことなのに、どうやら彼女の自尊心を傷つけてしまったようだ。RZにまたがったまま、横を向いてオレを射抜くような眼差し。それに向かって、一呼吸してから、オレも真っ直ぐに見て言った。
「だって前を走ったら、キミのかわいいお尻が見れないじゃないか」
そう言った後で微笑んだつもりだったが、実際はそうでなかったかもしれない。予想外の答えだったのだろう。一瞬恥じらいを見せたような気もしたが、それを瞬殺した彼女は、また元の表情に無理やり戻して言った。
「バッカじゃないの!」
それだけ言うと、彼女は視線をオレから外して、まっすぐ前を向いてしまった。言ったオレも、実は次の言葉が見つからない。暫しの沈黙の間。エンジンを切った2台の周りには、10月の朝の凛とした静寂が有った。なぜ彼女がここに来たのか、そんな質問の言葉さえ出せなかったことが、彼女とオレとの実際の距離だったのかもしれない。オレはただ黙って待った。1分にも満たないであろうそれは、後に貴重と思える沈黙の終焉は、彼女によって下ろされた。再度オレに向き直った彼女は、肩越しに何か言おうとした。オレは彼女の言葉を待った。彼女をしっかり見て、待った。しかし、その言葉はついに発せられなかった。おもむろにヘルメットに手を伸ばして彼女は言った。
「あんな乗り方していると、いつか転ぶわよ」
言いたかったのはそれではないだろう、と思いつつも、「ああ、そうだね」とだけ言ったオレ。彼女の眼から最初の厳しさが消え、何か優しいような寂しいような、そんな憂える感じが窺い知れたのは、オレの気のせいだったのだろうか。
「仲間が待っているから」
とだけ小さく言って、バイザーを下した彼女は、高らかに2ストロークエンジンを鳴かせて、風のようにススキの穂の向こう側に消えていった。



続き・・・


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チーズケーキ [物語]

2011年(平成23年)3月11日。それは多くの尊い命が失われ、我々日本人が忘れてはならない、東日本大震災が起こった日です。そしてその日は、震災から遠く離れた処に住む、ある6歳の女の子の誕生日でもありました。
翌年小学生になったその女の子は、誕生日が来るのを心待ちにしていました。一年に一度の誕生日、その日に期待を膨らませない子供はいないでしょう。至極全うなことです。しかし小学校では、震災のあったその日が近づくにつれ、震災の悲劇を説く話があちこちから聞こえ、災害時の心構えや行動を説く時間が長くなり、失われた命に黙とうを捧げることになったりして、誕生日の晴れやかな雰囲気をその子から奪っていったのでした。小学1年生の子が、テレビのニュースを凝視したり新聞を読んだりはしないでしょうが、自分の周りの雰囲気が重くその子の心に圧し掛かったことは事実です。そういったことに、子供は訳もなく敏感なのです。「私の誕生日なのに・・・」、何度そう呟いたことでしょう。それに気づいた母親は、これではいけないと思い、家では努めて明るく、「誕生日のプレゼントは何にしようかなあ」などと話しかけていたのですが、とうとう誕生日当日になって、その子の心は破裂してしまったようでした。「もう私、誕生日なんかいらない!」、7歳の女の子にとってそう言うのが精一杯で、後は泣きじゃくるしかなかったのです。
年が変わっても同様でした。3月11日は被災・震災・防災、被災した人々を思いやる日、失われた命を尊ぶ日。追悼一色の教室の中では、自分の誕生日を他人に言う事すら抵抗感があり、その日が近づくにつれ、その子から笑顔を奪っていくのでした。そんな我が子を間近で見ていた母親は、せめて我が家だけでも人並の誕生日を祝おう、と苦慮していました。プレゼントもいらない、食事も欲しくない、そういう我が子を案じていました。そうしてたどり着いた唯一のものは、あの子が好きなチーズケーキを誕生日の祝いとして家族で食べよう、というものでした。高価でもいい、飛びっきり美味しいチーズケーキを。そう思ってインターネットで探したところ、ある一品が目に留まりました。これしかない、と母親は思いました。しかし残念ながら、それは北海道でしか売られていない。しかも、見つけたその日は誕生日の前日だったのです。製造元の店に電話を入れ、どうしても欲しい訳を話して、「何とかできでしょうか」と伝えても、やはり回答は予想通りでした。北海道からお宅まで、どんなに急いでも翌日には届かない、と。
その8歳を祝う誕生日の日、その子はいつも通りの時間に帰宅しました。いつも通りではなかったのは、彼女の表情。たぶん学校でも、震災の話題で一杯だったことでしょう。そう彼女から窺い知れました。もう早くこの日が過ぎて欲しい、そう顔に書いてありました。明るく、そして普通にふるまうことで精一杯の母親。そんな家庭に玄関のチャイムが響いたのは、もう暗くなった頃でした。応対に出た母親の前には、見知らぬ男性が大きな袋を持って立っていました。そして静かな口調で、笑みを添えて言いました。「宅配便で送ったのでは間に合わないので、持参いたしました。お誕生日おめでとうございます」。その刹那、言葉が出ず、ただただ深々と頭を下げる母親の眼から大粒の涙。駆け寄る娘もそれを見て、知って、声を上げて泣きました。でもそれは、去年この日に流した涙とは全く違う涙だったことは、言うまでもないことです。
最終の飛行機で北海道へ戻らなければならないので、とだけ言って、包みを渡すと、そそくさと立ち去って行ったのは、あの店の社長さんでした。包みの中には、カットしていない直径12cmの、あのチーズケーキが10個も入っていました。その夜、家族で食べました。その子にはまだ笑顔は無く、でも神妙に口に運んでいました。何か大切なものを食べている、何か大事なことに触れたような、そんな表情に母親には見えました。翌日、取り乱してしまって謝辞も満足にいえず、更に代金も支払わなかったことを恥じた母親は、その店に電話を掛けました。「旅費も含めて支払わせてください」というと、応対に出た女性の方が、優しげに言いました。「飛行機で行って良かった、って、主人は大変満足気に帰ってきましたよ。それでもう充分代金をいただいたのではないかしら」。
翌年、3月11日の誕生日には、あのチーズケーキを食べようと決めていました。それはもう即決でした。母親も子も、笑顔で決めました。今度は手を煩わせないよう、一週間程前に電話で購入申し込みをしました。「はい、もう準備はできていますから、大丈夫ですよ」との返事が返ってきました。そして9歳の誕生日前日には、昨年と同様、何と10個のチーズケーキがテーブルに並びました。「誕生日おめでとう」のカードと一緒に。でも、なぜ10個なのでしょう。とても一家族では食べきれないことは、分かっているはずです。送り主は何も言いませんが、実はそこに想いが込められているのです。その家族だけでなく、その子の周りの親しい人たち、その人たちにも食べて欲しい、そしてこのチーズケーキを食べることで、その子の誕生日を祝ってやってほしい、「誕生日おめでとう」と言ってあげて欲しい、そんな気持ちが10個のチーズケーキになったのです。
巷では、10歳の誕生日のことを「2分の1成人式」として祝うことが流行っているらしいですね。その子も今年で10歳になります。昨年同様、北海道からチーズケーキが送られてきましたが、2分の1成人式ということで、通常のものとチョコレートを加えたものの2種、計30個も送られてきたそうです。「頂き物で悪いんだけど、そんな訳で縁起物だと思って、もらってくださる?」と家内に手渡されたチーズケーキが、いま我が家の食卓にあります。見た目も実に繊細で、職人技を感じさせますし、口に入れれば濃厚なのにくどくない、スッと溶け広がるやさしい味がします。これは美味しい。私がこれまで食べたチーズケーキの中で、間違いなく最高のものです。もちろん口に入れる前に、「誕生日おめでとう」の一言は欠かしませんでした。そしてきっと今頃は、あの家庭でも同様の言葉が交わされていることでしょう。きっと笑顔で。

チーズケーキ.jpg


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