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すそ野にて6 [写真・撮影]

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ブラジルのリオデジャネイロにて行われていたオリンピックが閉幕しました。
数多くの競技が行われましたから、その全てをご覧になった方は少ないでしょう。
でも、ダイジェスト版でも総集編でもご覧になられた方には、スポーツの素晴らしさが伝わったのではないでしょうか。
私は感動のあまり、年甲斐もなく、何度か涙腺が緩んだこともありました。
勝負ですから、勝者も敗者も生まれます。
でも私には、どちらも輝いて見えました。
そして、それを撮ることの難しさも、光栄であることも、教えられた気がします。
オリンピックに出場する選手達は、その競技の日本のトップです。
しかし、頂が高ければ、そのすそ野も広いのです。
真夏の炎天下の日々が続いています。
すそ野にも、頂を目指して汗を飛ばす子達がいます。
この子達を撮ることもまたスポーツであり、素晴らしいことなのだと、再確認しました。
撮ります、撮り続けます。
彼ら、彼女たちに負けないように。




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ありがとう [巷の雑感・時の想い]

もう六月です。暦は確実に進み、我が地方も梅雨入りしたらしいです。

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今からちょうど5年前、2011年6月6日午後5時過ぎ、我が家の電話が鳴りました。愚息2号の通う中学校からでした。部室の屋根から落ちて病院へ運ばれたとのこと。部室が平家であることを知っていた私は、そんな高いところから落ちた訳でもないし、大したことはないだろう、と慢心して病院へ向かったのですが、しかしその後、救急受付の前で延々と待たされること4時間。慢心は心配に変わり、恐怖へと移りました。そして担当医から結果を聞いて、背中に重りを付けて闇の中に蹴り落とされた気がしました。ICUに5日間、チューブとコードに覆われた愚息の傍らで過ごしました。あの時の事は、一生涯忘れることは無いでしょう。
それがどうでしょう。半年もすればサッカーの試合に出れるほどに回復したのです。私はもう、誰に感謝の言葉を述べてよいのか分からないくらい、感激しました。私は何もしていません。きっと私たち家族の願いが神様に届いたのだと、そしてチームメイトの子達や保護者の方々、クラスメイトの皆や先生方、そしてこのブログで応援していただいた方々の想いが届いたのだと、心底思っています。「ありがとう」なんて、何か照れくさくて、まともに言ったことの無い私でした。でも私は決めたのです。
6月6日は誕生日でも、記念日でも、命日でもなく、ありがとうと思う日にしよう
そう思って毎年この日には、このブログに書いてきました。そして今日、5回目のその日が来ました。愚息は、高校でのサッカーをやり終えて、東京で大学生として一人歩み始めています。何と幸せな事でしょう。
ありがとう。
これまで励ましてくれた方、支えてくれた方、見守ってくれた方、みなさん本当にありがとう。
今年もこうして「ありがとう」と言えることに、ありがとう。


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そしてもう一つ、「ありがとう」と言わせてください。
このブログ「the piece of my life」の前身である「マイ趣味ライフ」を書き始めたのが、2007年1月25日のこと。途中、休憩期間もありましたが、9年半に渡って書き続けてきたブログも、この記事で無期限停止とさせていただきます。その経緯については、昨年11月11日の「節目」の記事のとおりですので、敢えてここでは書きませんが、「サッカー撮影100」も書き終えました。これまでこのブログ、一個人の取るに足らないブログにお付き合い下さった皆様、ありがとうございました。本当に感謝しております。ブログを通じてお会いできた方もいますし、顔を合わせずとも交流できた方々もいます。つたない文章と写真でも、このブログを続けてきて良かったと思っております。
私はこれからも、地方の片隅で、様々な想いを抱きながら生きていくことと思います。サッカーも撮り続けていくでしょう。「平凡こそ非凡なり」という言葉があるように、皆様におかれましても、これまで同様に元気で、これからもお過ごしいただくことを切に願っております。
これまで本当にありがとうございました。


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サッカー撮影100(楽しい!) [サッカー撮影]

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スポーツの撮影は基本的に動体撮影です。動く被写体を撮ることです。そしてサッカー撮影は、68×105mのグランド内を常に動き回る選手を撮ることです。被写体である選手と撮影者は離れていますから、当然望遠レンズを使うことになります。ただ望遠レンズは見える範囲が狭い(画角が狭い)ので、動く被写体に対して常にレンズを振って、ピントを合わせて、欲しい瞬間を狙ってシャッターを切る、の連続になります。試合に臨む選手と同じような集中力を必要とし、最初からイメージしたような画、満足できる画は得られないかもしれません。また、機材に掛かる負担も大きいので、予算も必要な分野です。けれど、写真がデジタルになった恩恵を最も受けた分野だとも言えます。デジタルになったとて、写真を撮る基本は変わりませんが、失敗を恐れずに幾らでもトライできる環境が、今あります。

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サッカー撮影が「試合中の選手を撮る」ということであるならば、汗を飛ばして走る姿、悔しさを滲ませる眼、思わず爆発させる歓喜、必死に相手に食らいつく表情、そんなシーンを形にして残すことです。そして、それが何時何処で現れるのか予想できず、しかも一瞬しか見れない。そんな煌めくシーンをきちんと収められるのには、多くの努力と経験が必要かもしれません。けれどサッカーでは、そんな煌めくシーンが淀みなく流れていく。ピッチサイドに立ち試合に臨めば、試合終了のホイッスルが鳴るまで、次から次に現れるのです。サッカー撮影では、シャッターチャンスは無数に有ると言えます。

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サッカ選手達が、最初から上手い訳ではないのと同じように、思うほど簡単には撮れないかもしれません。たとえ何十試合撮ろうとも、同じシーンは二度と来ません、撮れません。取り逃がせば悔しいかもしれませんが、煌めきは次から次にやってきます。何度でもトライしてみてください。そう続ければ、きっといつか、貴重なシーンを手に入れられます。そう続ければ、「ああ、撮っていて良かった」と思える時がきっと来ます。そして「もっと撮りたい」と思うはずです。

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「サッカー撮影は簡単ではない、でも楽しい」そう思ってください。そう思う人が一人でも多くあって欲しい。このブログで、私が自らの経験や考えを書き続けてきた根幹は、それです。そして、つたない文章と写真ですが、少しはそれをお伝えできたのではないかと思います。これからも私は、煌めく瞬間を追い求めて撮り続けます。既に撮り続けておられる方、これから撮りはじめられる方、一緒に頑張りましょう。そして、「楽しい!」と感じましょう。今この瞬間しか撮れない画に向かって。

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清く正しく美しく [本・映画・アニメ・詩歌]

今回ご紹介させていただくのは、玉置浩二氏の作詞・作曲、2011年にリリースされた「安全地帯XII」というアルバムの最後の一曲、「清く正しく美しく」です。

悲しい時は空を見て 誰も悪くないと言おう
淋しい時は海に来て もう自分を責めなくていいと言おう
うれしい時は風になり 麦を鳴らして称えよう
やさしい時はあの人に ごめんね、ありがとう、と言おう
苦しい時は山を見て もう逃げたりしないぞと言おう
虚しい時はふるさとの 大地を想い泣けばいい
何もできなくなってしまった時は 清く正しく美しく
清く正しく美しく ただ君の手を握り締めていよう


この曲は「悲しい時は」から始まります。この世を生きる我々には、本当は悲しいことも嬉しいことも平等に有る筈なのだけれど、生きる苦しみが有れば、生きる楽しみも必ず有る筈なのだけれど、良い事は束の間に過ぎていき、そうではない反対の事は、永く重しとなって留まるように思えるのは、凡人の私だけでしょうか。そうだからこそ、心が穏やかになった時には「ごめんね」「ありがとう」と素直に言おう、と綴っています。
ここから少し曲調が変わります。

ダイスの目は決まっている 初めからそれと決まっている
一つ転がすと1から6まで 終わりの無い一人旅
二つで転がせば1は無い 6と6で12になって
時計の針が0時で重なるように 君がいてくれるなら


ダイスとはサイコロのことですね。この曲の出だしフレーズとは全く関係ないようにも思えますが、サイコロを一つ転がすことを、孤独に一人で生きて行くことを表し、二つで転がすとは、二人以上で生きていくことを比喩しているものと思いました。一つをいくら転がしても、出る結果には限りがある。でも二つ転がせば、出る眼の組合せによって得られるものは数倍以上。そしていつか、6と6の目が出るようなら、それは素晴らしいことが起こるのではないか、そんな風に私には聞こえました。

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悪いものなんてない 悪いものなんてない
この世に有るものは いいものばかりに決まっている
胸を晴れ高らかに 希望の光を見たはずだ
あの日の自分を思い出せ 心の闇に立ち向かえ
誰も助けてくれない 誰もわかっちゃくれない
自分は自分でしかない
良き人たちのピンチを救えるのは
汚れた者たちの最後のチャンスなのだから
足を半歩前に出せ 必ず誰かが見てるから


「悪いものなんてない」は全肯定です。だから、今の苦しくも悲しくもあるのは、自分自身に起因するのだと唄っています。今は荒んだ自分でも、これまでずっとそうであった訳ではないでしょう。天を仰いで笑った時期も有ったはず。だから、たとえ辛苦が降り注ごうとも、笑って、泣いて、生きていくことが「清く正しく美しく」に繋がるのではないでしょうか。

もっと笑って 笑ってもっと
僕らの愛が清らかだと分かるように
もっと手を振って 手を振ってもっと
僕らの愛が正しいところに向かっていけるように
もっと涙を流して 涙を流してもっと
まだ見ぬ母のぬくもり頼りに泣きじゃくる赤子のように
いつか知らないどこかの誰かが涙をぬぐってくれるくらいに
僕らの愛が美しいと言えるように

清く正しく美しく 清く正しく美しく
君だけの 君だけの 君だけの
愛を受けとめていよう

清く正しく美しく 清く正しく美しく
君だけを 君だけを 君だけを
黙って抱きしめていよう

清く正しく美しく 清く正しく美しく
清く正しく美しく 僕らは一つになれる

清く正しく美しく 清く正しく美しく
清く正しく美しく 僕らは一つになれる
いつか一つに なれる


「安全地帯」というバンドは、1982年のメジャーデビューから紆余曲折あって今に至っています。当初は男女の切ない恋愛模様を唄ってヒットしましたから、そのイメージから見れば異質に映る曲かもしれません。この曲の歌詞に出てくる「愛」や「君」というのは、単なる恋人への愛情ではなく、もう少し広い意味が込められているように思え、このようなスケールの曲に至るには、30年の時間が必要だったのでしょう。作った玉置浩二氏にしても、いろいろゴシップ記事がありましたし、本人の精神が不安定な時期もあったようですが、今ではその歌唱力には凄みを感じさせられます。
私は特別「安全地帯」のファンだった訳ではありませんが、ふとしたことでこの曲に出会い、聞き、思わず魂が揺さぶられてしまいました。ちょうど私の苦しい時だったからなのかもしれません。「清く正しく美しく」そんな風に生きることは理想でしょう。でもそれは、社会的に成功したから成れるものでも、大金を手にすれば得られるものでもない。内なる自分への提言なのです。なので、性別や年齢、立場や環境には左右されず、全ての人に向かってのメッセージソングだと思い、ここで取り上げさせていただきました。じっくりと聞いてみてください、できれば一人で。



清く 正しく 美しく


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